私たちの飼い犬レンブランを見て、以前にコーギーを買っていたと言う初老の女性が妻に話しかけた。彼女が飼っていたコーギーは16年生きて「これが亡くなる1週間ほど前の姿です」と言って写真を見せてくれた。
昔を懐かしみ、愛犬を今も恋しがる彼女の表情が印象的だった。16年も寄り添ったペットとは思い出も多かろう。コーギーを見かけるたびに思い出が蘇ってくるのだと思う。
レンブランが最も好きな時間は車に乗ってどこかに行くことで、その車に可愛がってくれる人がいればなおさら喜ぶ。今日は妻の友人であり、レンブランをいつも可愛がってくれるMさんが同乗してドライブに行くことになった。レンブランを飼い始めた頃からMさんはたまに一緒に遊びに行ってくれる。
目指した場所は別府から車で約1時間で行ける大分県内の福貴野(ふきの)の滝で、こんな暑い日には滝の水しぶきを浴びたい。別府も残暑が厳しいため、レンブランも散歩の時間を早めに切り上げて「もうええわ、帰ろうや」という表情をする。
福貴野の滝の落差は65メートルで、私たちはそれを一望できる展望台に向かった。一直線に落ちる滝の姿が美しく、展望台から空を見ると太陽の光が雲の間から漏れて神々しい景色となった。
さらに、滝つぼまで行けることが分かった。近くまで車で行き、最後は少し歩くようだが行ってみることにした。
駐車場から滝つぼまでの距離は遠くないので私たちはレンブランを連れて歩き出したが、足元が水で埋まり、レンブランの身長では越えることができない岩場が見えてきた。そこを大人3人でレンブランを抱えては駅伝のタスキのように渡していった。慎重に手渡しはしたが、バランスを崩してレンブランが川にドンブランとなるのも見てみたい。
しかし、滝つぼにいたる最後の難関は私たちが駅伝方式にしてもレンブランを抱えることは難しく、人だけが交互に滝つぼまで行って滝を身近で眺めることにした。
滝つぼの水はひんやりとして気持ちよく、滝から吹いてくる冷たい風が心地よい。手を水の中に浸すだけで、蒸し暑さの中で山道を歩いて疲れた体を回復させてくれる。美しく豊かな水の恵みよ。
難所に来ると私たちはレンブランを抱え、レンブランは誰の腕の中でもおとなしくしていた。Mさんと以前に高原地帯を散歩したときにレンブランは足から血を流して歩けなくなり、やはり抱えられて歩いたことを思い出す。
災害現場から見つかった犬を救助するように私たちはレンブランを腕から腕へと移動させた。冒頭に書いた女性が回想していたように、いつかこんな出来事を思い出す日が来るだろう。